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神戸地方裁判所 昭和40年(行ウ)21号 判決 1967年8月21日

原告 須佐美八蔵

被告 薄井一哉

主文

被告は尼崎市に対し金二三五万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

「一、被告は尼崎市長であり、原告は尼崎市民の一人である。

二、被告は、昭和三八年四月頃、尼崎市議会議員四八名の任期(四年)満了に際し、退職記念品を贈呈する目的のもとに、昭和三八年度一般会計予算の議会費、市議会費、需用費、消耗品費から金一一五万円、役所費、職員費、需用費、消耗品費から金一二五万円、合計金二四〇万円を支出し、退職議員一人当り金五万円のクーポン券(尼専信用販売株式会社発行のクレジツト・カード)を支給しようとし、これを拒否した一名を除く他の議員四七名に対し、合計金二三五万円の右クーポン券を支給した。

三、しかしながら、右金五万円のクーポン券の支給は、退職記念品または記念品料の支給ではなく、退職金の支給であるというべきである。すなわち、本件クーポン券を支給したことは、それ自体が記念品の贈呈としての意味を有するわけのものではなく、それは結局、金員に代用して使用できるものとして贈呈する趣旨であることが明らかであるが、いずれにしても、その金額に徴して、社会通念上儀礼の範囲を超えており、退職金の実質を有するものである。

四、また、本件一般会計予算の支出方法にも違法の点がある。元来、退職記念品費用は、議会費から支出されるべきものであり、しかも議員の任期満了による退職記念品の贈呈は、あらかじめ予算措置を採ることができるのにもかかわらず、本件のごとく役所費を流用したことは、予算主義の原則に違反するものである。このような違法をあえて行つたのは、本件支出の金員が実質的に退職金であつて、退職金支給を禁ずる地方自治法第二〇四条の二の規定により、正式に予算に計上することができないので、これを免れるためにほかならない。

五、しかして、本件クーポン券の支給は、前記のごとく退職金の支給なのであるから、地方自治法第二〇五条の二の規定にしたがい、法律またはこれに基づく条例に基づいて支給されなければならないのに、これに基づかないでなされた違法の支給である。そこで原告は、昭和四〇年三月二九日尼崎市監査委員に対し、同法第二四二条第一項の定めるところにより、右違法支給による尼崎市の損失を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求した。しかるに右監査委員は、同年五月一九日、本件金員支出は社会通念上儀礼の範囲内にある旨の意見を通知してきた。

六、よつて、原告は被告に対し、同法第二四二条の二第一項第四号により、被告が尼崎市に対し本件支出金である金二三五万円の損害を補填すべきことを求めるため本訴に及んだ。」と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張として、

「一、請求原因第一、二項の事実は認める。同第三ないし第五項は争う。

二、本件記念品贈呈の手続は、尼崎市会議員待遇規則(昭和一一年七月二四日議決、同年八月五日告示第一五九号)第一条に基づいてなされたものである。なお、右規則は、議決当時市制が施行されていたので、右市制第四二条第一項第二号もしくは同第八号に基づき市議会に提案、議決されたものであつて、その後市制が廃止され、地方自治法が施行されるに及んでいるが、同法附則第一一条により、現在においても依然として有効に存続しているものである。

三、ところで、地方公共団体等が通常記念行事等に際し関係者に贈呈するいわゆる記念品は、後日その事柄を追想するのに適当な品物を選択するのが通例であり、例えば、軽い程度のものとして、盃、盆、タオルなどがあり、丁重な場合には、カフス釦、時計などがあげられるが、本件の場合においては、満四ケ年の任期を終えて退職する市会議員に対する儀礼として、後記のごとき尼崎市の市勢及び従来の取扱例等を考慮したうえ、一人当り金五万円の費用を予定して、一応「オメガ」腕時計一個の贈呈をすることゝし、たゞ受贈者の便宜をはかり希望品を選択する自由を与える意味で、原告主張のクーポン券を支給したものである。

四、尼崎市における、昭和三八年度の人口は四六万二三五人(昭和三八年四月一日現在)、市の一般会計予算額は金八七億二、九七一万円であり、そして市会議員の報酬額は、一人につき月額金七万円(実費弁償費等を除く)、年額金八四万円、任期四年間で合計金三三六万円(なおこのほか六ケ月毎に市職員と同様期末賞与がある)であるから、これらの事情より勘案すると、任期満了により退職する市会議員に対し金五万円に相当する退職記念品を贈呈することは、記念品としてみて決して不相当に高額のものというべきではない。なお、尼崎市においては、昭和三四年度の任期満了の市会議員に対し、前記待遇規則に基づき、一人当り金二万五、〇〇〇円相当の置時計一個を贈呈し、その支給方法は、大阪市所在の尚美堂発行の時計引換券の交付をもつてなしているが、当時の尼崎市の人口は三八万一、二六九人(昭和三四年四月一日現在)、市の一般予算額は金三九億一、四八六万三、〇〇〇円、市会議員の報酬額は月額金四万三、九〇〇円(実費弁償費等を除く)であつたし、さらに、昭和三〇年度の前同退職議員に贈呈した記念品は、金一万円に相当したものであり、当時の市会議員の報酬は月額一万九、〇〇〇円であつた。

五、原告は昭和三八年度一般会計予算の支出方法に違法の点がある旨主張するが、同年度一般会計予算のうち、議会費等から金一一五万円、役所費等から金一二五万円、合計金二四〇万円を本件記念品費用に充てるため支出したことは、前記のとおり認めるが、右支出額は、記念品の額として当初からこれを予期して右双方の費目に組み入れ、その旨市議会の承認決議を経ているものであつて、右支出方法は市長の予算執行権の範囲内にあるから、もとより違法または不当のものではない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

原告主張の請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一、第八号証、証人西谷盛一の証言によると、尼崎市会議員待遇規則(昭和一一年七月二四日議決、同年八月五日告示第一五九号)第一条において、市会議員が任期満了したときは記念品を贈与する旨の定めがあり、本件クーポン券の支給は、右規則に基づいてなされたものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、地方自治法第二〇四条の二は、いわゆる給与体系の適正かつ公明化を図り、地方公共団体は、その議会の職員に対しても、同法第二〇三条所定の報酬、費用弁償、期末手当のほかは、法律または条例に基づかずして、いかなる給与その他の給付をも支給することができない旨を明定するけれども、他面において、同法条は、地方公共団体が、記念行事等に際して関係議員に記念品を贈呈することについて、それが社会通念上儀礼の範囲にとどまるかぎり、かならずしもこれを禁止するものではない、と解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷判決昭和三九年七月一四日民集一八巻六号一一三三頁)。

そこで、前記規則に基づく本件クーポン券の支給が、地方自治法第二〇四条の二にいう法律または条例に基づく支出とみなされるかどうか、の点を検討する前に、右支給が前記意義における儀礼の範囲にとどまるかどうか、につき判断するに、被告が、昭和三八年四月頃、四年間の任期を満了する尼崎市会議員四八名に対し、その退職を記念する趣旨のもとに、本件クーポン券(尼専信用販売株式会社発行の金五万円のクレジツト・カード)の支給を企図したものであることは、前記のごとく争いがなく、成立に争いのない乙第二、三号証、証人小寺健次の証言によると、本件クーポン券は、換金性を有しないけれども、尼専信用販売株式会社の加盟商店約二一〇の店舖において、金額五万円以内であれば、商品目、数量を問わず、希望品を自由に選択し、購入できるのであり、結局、利用者はこれを現金五万円と同様に使用できるものであることを認めることができる。なお、この点に関し、被告は、本件クーポン券が「オメガ」腕時計を贈呈する趣旨のもとに支給されたものである旨主張するが、本件クーポン券が右腕時計の引換券であればともかく、そうでないことは右事実に徴して明らかであるから、右主張は採用できない。しかして、叙上の事実に加えて、前記争いのない、本件クーポン券の額面が一人当り金五万円であること、および、退職議員四八名のうち、辞退した一名を除く、四七名に対し、合計金二三五万円にものぼる多額の金員の支出を要したものであること、等を考え合わせると、本件クーポン券の支給は、市議会議員の任期満了による退職を記念するためのものとして、前記意義における儀礼としての相当な範囲を超えており、実質的には退職慰労金を支給したものである、と認めるのが相当である。

なお、被告は、尼崎市の市勢及び記念品贈呈に関する従来の取扱例に照して、本件クーポン券の支給は儀礼の範囲にとどまる旨主張し、尼崎市の人口が、主張の年度において主張の人数であることは、当裁判所に顕著な事実であり、同市の一般予算額が、主張の年度において主張の総額であることは、証人西谷盛一の証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第四、五号証により認めることができ、そして、成立に争いのない乙第六号証の一、二によれば、尼崎市議会議員の報酬(費用弁償、期末手当等を除く)は、同市の条例において、昭和三四年度月額三万四、〇〇〇円以内(但し併給可)、昭和三八年度月額七万円以内(但し併給不可)と定められていたこと、さらに、証人西谷盛一の証言によれば、昭和三四年度における任期満了の退職議員に対しては、一人当り金二万五、〇〇〇円相当の置時計を贈呈したこと、をそれぞれ認めることができ、叙上事実に反する証拠は存しないけれども、もとより、記念品または記念品料は、記念すべき事柄との関係において、儀礼として相当かどうかを吟味すべきものであり、もしも右記念品(料)贈呈の趣旨として、議員の市勢躍進に対する尽力を労う意味が盛られるとすれば、それはとりもななおさず退職慰労金の性質を帯びるものと解すべきであるから、市勢の大小により議員の退職記念品(料)の金額に自ら差が生ずるものということはできないし、また前記昭和三四年度の取扱例は、前記事実関係に徴して、それ自体記念品として相当な金額の品であつたかどうか若干検討すべきものがある、と思料されるから、これをたやすく先例として取扱うことはできない。したがつて、被告の右主張は採用することができない。

してみると、本件クーポン券の支給は、地方自治法第二〇四条の二により、法律または条例に基づいてなされなければならないのであり、しかも前記規則が右の法律または条例に該らないことは明らかであるところ、右支給が別段の法律または条例に基づくものでないことにつき、被告においてこれを明らかに争わないところであるから、自白したものとみなすべく、しかして右事実に徴すると、爾余の点を判断するまでもなく、本件クーポン券の支給は、前条項に違反するものといわなければならない。

そうすると、市長として、右金員の支出責任者である被告において、右違法に支出された前記金二三五万円につき、これを尼崎市に対し填補すべき義務があることが明らかである。

よつて、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田常雄 仲西二郎 中山善房)

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